解りにくい MKSA 単位系となった理由と経緯

始めに

単位系の理解とは

単位系や物理法則の方程式は身に付けるものです。物理概念として理解・体得されるものです。暗記するものではありません。 でも SI 単位系のうち電磁単位系は理解・体得が困難な単位系です。(以下 SI 単位系の電磁量の部分に限定する意味で MKSA 単位系の言葉を使います) にもかかわらず、MKSA 単位系について体系的に説明されることは殆どありません。この文章は今までなされてこなかった説明に挑戦するものです。

理論と物理量:単位系の理解

単位系は、理論体系を理解する過程、すなわち自分の頭の中に理論体系を構築していく過程で、物理量の概念や法則の式と一緒に理論体系の基本要素とし理解・体得されてしまうものです。物理法則を理解したならば、その中で扱われる物理量の概念を理解せねばなりません。そして物理量概念と その単位はセットで理解されるものだからです。理論体系を理解した後ならば、基本体系から組み立て単位系の体系を何時でも教科書無しで再構築できるはずです。

たとえばニュートン力学を理解して使いこなしている者ならば下のような `meter, `kg, `sec の基本単位とそれから導かれる組立物理量の概念を全て理解・体得しています。下のようなの基本単位から個別の組立単位にいたる入り組んだ道筋:組立て単位の体系網を理解しています。関連する単位系網の網目全部を一歩ずつ上流側から辿って、各編目の物理量の概念を理解していきながら、ニュートン力学を理解していきます。

例えば圧力という物理量の概念を体得・理解しているならば、圧力の具体的なイメージが頭の中に構築されています。圧力は単位面積当たりの力であると分っており、また圧力 x 面積が力であると分っているので、 1 気圧の圧力が 1`cm^2 に掛かる力 10.13`newton を頭の中で仮想的に感じることができます。1pascal = 1`newton/`meter = meter^-1 `kg `sec^-2 の関係式が、単位の一覧表など見ずに すらすら出てきます。

でも電磁量: MKSA 単位系となると、力学量のときとは異なり、組立単位物理量の概念の連鎖として、組立単位体系網として理解されていません。単位系網の網目を一歩ずつ辿る作業がなされません。大部分の方が `meter, `kg, `sec, `ampere の四つの基本単位から抵抗:`ohm/電圧:`volt/磁束密度:`weber などの組み立て単位をに至る道筋さえ明確にイメージできていないでしょう。

`meter, `kg, `sec `ampere   --> `coulomb:`ampere `sec
            抵抗 `ohm = meter `kg `sec^-3 `ampere^-1
            電圧 `volt =  meter^2 `kg `sec^-3 `ampare^-1
            磁束密度 `kg `sec^-2 `ampare^-1

MKSA 単位系が難しい理由

MKSA 単位系で表される電磁量の体得・理解が難しいのは、電磁気学理論の理解が困難なうえに、Practical Unit System という捻りが追加されているためです。

    MKSA 単位系 ≡ 難しい電磁気学理論(Maxwell 方程式)
                 + `meter `kg `sec で記述する emu 単位系:absolute unit system)
                 + Practical Unit System(Ohm の法則, 歴史的背景)

なお MKSA 単位系は emu 単位系と非常によく似ています。理論展開の筋道は emu 単位系と同じです。Practical Unit System を同時に可能にするための妥協の方策として `ε0 `μ0 の係数が入り込みました。真空の透磁率を無次元の 1 から 1.2566370614E-06 (== 4`π 1e-7 です) `newton `ampere^-2 ( 透磁率の意味ならば weber/(ampere meter) の単位次元にすべきです) と解り難い値にしました。このため MKSA 単位系を理解するには、夾雑物のない emu 単位系を理解から始めるのが結果的に早道となります。本稿は emu 単位系 → MKSA 単位系の順序で話を進めます。

電磁単位系の理解を前提としての電磁気学

単位系を理解するためには、その背景にある理論を理解していなければなりません。でも電磁気学は難しい理論です。電磁気の世界を記述する Maxwell 方程式は偏微分方程式です。しかも互いに関連しあう四つの方程式です。電磁気学は誰にでも理解できる理論ではありません。

さらに、四つの Maxwell 方程式は Lorentz 力の方程式によって力・エネルギーとの結び付けられます。電磁気の世界が力学の世界と接続されます。この接続を利用して電磁気の単位系は理論的に構築されます。F. Gauss と J. C. Maxwell により emu 単位系(absolute 単位系)として纏められました。

Practical Unit System

でも電磁気学から導かれた理論的な単位系は学者のための単位系です。電気・電子分野の設計に携わる多くの設計者は Maxwell 方程式ではなく Ohm の法則で理解しています。設計しています。単位系も Ohm の法則で理解しています。そのような単位系が Practical Unit System として、 emu 単位系と平行して、最初から使われていました。実務では Practical Unit System が最初から使われました。emu 単位系が Practical Unit System を理論付けていました。

MKSA 単位系は、emu 単位系を基本に Practical Unit System を混ぜ加える形式で纏められています。でも実用性を優先して理論的な見通しが悪くなったぶん、不必要に複雑になりました。理解が難しくなりました。

説明されない MKSA 単位系

MKSA 単位系は、電磁気学を理解した後で体系的に説明されて、やっと理解できる単位系です。でも現実には電磁気学の教科書の最初で電流の定義が中途半端に解説される程度で済まされてしまっています。SI 単位系の規格書は結果を纏めてあるだけです。MKSA 単位系を定めた理由は書いてありません。電流定義で 1e-7 `newton の値を使う理由さえ示しません。MKSA 単位系の体系的な説明が面倒なためだと私は思っています。本来ならば MKSA 単位系は、電磁気の教科書で一章を割いて説明すべき重要・複雑さがあると思います。そんな説明を SI 単位系の規格書で行えないのも理解できます。その面倒な説明を朝鮮するのが本稿の主題です。

MKSA 単位系の理論的枠組みは emu 単位の枠組みと同じです。Lorentz 力の式から電流の基本単位を absolute に定義します。水銀柱の抵抗など、人間の勝手な都合でもちこんだ物質の抵抗ではなく、自然法則から absolute に単位電流を定義します。Lorentz 力の式から、電圧の基本単位も absolute に定義します。でも SI 単位系の規格書では、この電圧という基本単位の説明がなされずに meter^2 `kg `sec^-2 `ampere の単位次元が表の中の一項目として提示されるだけです。本稿では emu 単位系の説明の中で、`volt 基本単位について詳しく説明します。 Practical Unit System に妥協して合わせ込むため必要となる、理論的に纏まっている emu 単位系の変形の過程を明示的に示すことで、MKSA 単位系を理解していきます。新しく weber の磁束の単位を導入するに至った経緯を説明します。

避けられない MKSA 単位系

現在では電磁気学で現れる物理量を表現するために MKSA 単位系使わざるをえません。MKSA 単位系を使わずには電気・電子回路の設計などできません。コンデンサやコイルの値さえ MKSA 単位系無しでは表現できません。MKSA 単位系は不必要に複雑になっているからといって、今さら別の単位系に逃げられません。我々は MKSA 単位系を正しく理解する以外の選択肢はありません。この文章の目的は MKSA 単位系の納得:正しい理解です。

以下では MKSA について非難がましい書き方を多用しますが、MKSA 単位系の理解が困難な個所を浮かび上がらせるためです。御理解願います。

MKSA 単位系の「なぜ」

SI 単位系の規格書は結果を纏めてあるだけです。理由を書いてありません。そのため MKSA 単位系には多くの不思議が散りばめられています。特に電磁気に関する部分に多くの不思議があります。

なぜ `meter, `kg, `sec を基本単位に選択したのか。

単位系を新規に作り直すのならば `meter, `gram, `sec を基本単位にしたほうが合理的だろうが。新たに `kg を採用するぐらいなら、元から有る cgs 単位系:`cm `gram `sec のままにしておいた方が混乱が少なくて済んだろうが。

なぜ電流定義に 2e-7 `newton のマジック・ナンバーが入るのか。

新規に単位系を作るのならば 2`newton にしておいた方が単純だろうが。

なぜ組み立て単位の物理次元を MKSA の単位で無理に表示しようとするのか。

抵抗などの単位次元を `meter `kg^-1 `sec^4 `ampere^2 などと表記しても殆ど意味がないだろうが。それぐらいならば MKS だけの単位系で `meter `sec^-3 と表示したほうが、より基本単位で表示できたことになるわ。単位次元に 0.5 の端数が出てきても問題ないぞ。それに実務で「100 `meter `kg^-1 `sec^4 `ampere^2 の抵抗」と言っても通用するわけないぞ。「100 `ohm の抵抗」と言わねばならないぞ。まさか M K S A の言葉に引っ張られて無理やり M K S A 単位に還元した表示にしようとしているのではないよな。

なぜ物理的な必然性のない `ε0 `μ0 の定数を導入したのか。

新規に単位系を定めるのだから、`ε0 `μ0 のような人為的な数を使ずに、光速度 c と 1 を使う単位系を作れたのに。新規に単位系を定めようとするのに、真空の透磁率を無次元の 1 にできなかったのかよ。

なんらかの理由があって ε0 μ0 を導入するにしても、なぜ μ0 にまで単位次元を与えたのか。

無次元の比例定数にすることもできたのに。その方が単純だろうが。

MKSA 単位系が定まってから 60 年経っても磁石関連業界では weber ではなく gauss を使い続けている。その理由が理解できないのか

あらたに weber なんぞの単位を追加する意味があるのか

翻ってみれば電流定義を二本の直線電線の間に働く力 F を F = μ0 I I'/r によって単位電流を定めるにしても、その μ0 の単位次元が `weber/(`ampere `meter) とはどういうことだよ。

単位電流を定義しようとするのに `weber や `ampere の単位無次元を含む定数を持ってくるなんて循環論法だろうが。

なぜ F. Gauss や J. C. Maxwell といった巨匠たちが作った emu 単位系/absolute 単位系を捨てたのか。

SI 単位系よりも emu 単位系の方が理論的にであり奇麗・単純・素直なのに。emu 単位系ならば真空の誘電率/透磁率は光速度による換算係数であり、また無次元の 1 だろうが。混乱を招いてまで、解り難い MKSA 単位系を新しく導入する必要があったのかよ。emu 単位系の何が悪いちゅうんだよ。

失礼しました。口が悪くなってしまいました。育ちが悪いものですから。見逃してやってください。でも、このように MKSA 単位系を非難していても MKSA 単位系を使うなと主張しているわけではありません。現在では MKSA 単位系で表現しなければ電気・電子回路を扱えません。ただ MKSA 単位系の背景にある考えを知って欲しいだけです。私が MKSA 単位系を理解するためにした苦労を繰り返さずに済むように本稿を書いています。

上の疑問に答えるには歴史を振り返る必要があります。MKSA 単位系は歴史的経緯に妥協した単位系だからです。Practical Unit System の `ampere `volt `ohm に妥協した単位系だからです。



電磁単位系の歴史(absolute/practical 単位系)

MKSA 単位系は emu 単位系を基本に Practical Unit System の捻りを加えて出来上がりました。 この MKSA 単位系を理解するためは、両者が使われてきた背景・電磁気の歴史につい知っておくことも重要です。下に電磁気に関係する主だったイベントを歴史年表として示します。

1800 年 Volt の電推
1804 年 蒸気機関車の発明
1820 年 Oerstead, Ampere が、電流の流れる電線の間に力が発生すること
を発見した
1826 年 Ohm の法則の発表
1831 年 M. Faraday の電磁誘導の法則
1833 年 F. Gauss が absolute 単位系を “Intensitas vis magneticae
terristis in mensuram absolutam revocata.”論文で提唱した。
1835 年 モールス信号と電信線を使った交信が始まった
1836 年 ダニエル電池の発明
1858 年 一回目の大西洋横断海底通信ケーブルを布設
1863 年 BAU(Britsh Association Unit) で J. C. Maxwell が中心となり
emu 単位系を定めた。Pt-Ag 合金を使って emu 単位抵抗の
10^9 倍 ≡ 1 `ohm の practical な意味の標準抵抗を定めた
1865 年 Maxwell 方程式の発表
1867 年 明治維新:大政奉還
1872 年 BAU が抵抗の単位を `ohm と呼ぶことにした。
1876 年 A.G, Bell と E.Gray が電話を発明した
1879 年 エジソンが白熱電球を発明した
1881 年 absolute/practical system of units が First International
Congress of Electricians で定められ `volt, `ohm, `ampere,
`colomb, farad の単位が承認された
1882 年 エジソンの電力システムが稼動を始めた。
1889 年 Second International Congress of Electricians `joule, watt
の単位が承認された。
1892 年 ウェストン標準電池 1.0183`volt at 20 celsius
1892 年 BAU が電流の silver ampere 定義を定めた
1892 年 O. Heaviside が有理化単位系を提唱
1892 年 Lorentz 力を含む論文を H.A Lorentz が発表した
1893 年 international ohm (重さが 14.4521`gram で、長さが 106.3cm
の水銀の 0 度C における抵抗)を定めた。また international volt
(Clark セルが 15度C で 1.434`volt) を定めた。
1897 年 J.J. Thomson が電子を発見した
1902 年 G. Giorgi が MKS に R を追加した有理化電磁単位系を提唱した
1904 年 力の単位 `newton が Robertson によって提案される
1905 年 特殊相対論の発表
1960 年 SI(International System of Unit) 単位系が定められる

上の年表を眺めていると